イヌの免疫介在性溶血性貧血(IMHA)

数日前から元気が無く、食事を食べる勢いも無いとの主訴で15歳のイヌが来院された。身体検査では体温が39.5 ℃と発熱しており口腔粘膜は蒼白であった。血液検査ではヘマトクリット値は17.2 %で重度に貧血しており、CRPは14 mg/dlと高値であった。血液化学検査では異常は無く、レントゲン検査および腹部超音波検査で軽度の脾腫以外の異常は無かった。血液塗抹では赤血球の大小不同があり、球状赤血球の顕著な増加、多染性赤血球、ハウエリジョリー小体、赤芽球の出現が確認できた。網状赤血球数も増加しており再生性貧血と判断した。自己凝集は無く、クームス試験は陽性であった。これらの所見から免疫介在性溶血性貧血と診断した。

一般的にIMHAの治療としては免疫抑制療法を行うが、その主軸となるのはプレドニゾロン(ステロイド)である。プレドニゾロンに加えてその他の免疫抑制剤を併用することもある。また、重度の貧血の場合は輸血やヒト免疫グロブリン製剤で免疫抑制療法が効果を示すまでの時間稼ぎをする必要がある。また、IMHAは血栓症や播種性血管内凝固(DIC)を高率に併発するため要注意である。
このイヌでも来院初日より免疫抑制療法、抗血栓療法や輸血、補助療法を行うことで、一命を取り留めた。退院後はプレドニゾロンを漸減し、その他の免疫抑制剤に切り替えていった。

IMHAは致死率の高い緊急疾患と考えらており迅速な対応を必要とする。

写真では多数の球状赤血球が確認できる(正常な赤血球は真ん中が白く見えるが、球状赤血球は小さく濃く染色される)

犬の小腸腺癌による腸閉塞(外科治療)

 

12歳の柴犬(避妊雌)が昨日からの食欲廃絶、嘔吐を主訴に来院された。

血液検査ではCRPの軽度上昇(2.5mg/dl)がみられたが、その他の項目はSpec-cPLを含めて正常であった

腹部エコー検査にて小腸の肥厚・閉塞所見、また肝構造の全体的な不整をみとめた

小腸のFNAにてリンパ腫を否定したため、開腹手術をおこなった

 

閉塞所見がみられた小腸部位は硬く変化し、またその部位の前後は虚血壊死がみられた

病変・虚血部位を含んだ小腸の切除を行った

また、肝臓尾状葉に肉眼的変化もみられたため、切除生検を行った

小腸の病理検査は小腸腺癌(マージン陰性)であり、肝臓は小腸腺癌の転移病巣であった。

犬の腸管の腫瘍はまれであるが、その中でも腺癌はリンパ腫に次いで発生の多い腫瘍である。

腺癌は腸間膜リンパ節、肝臓、脾臓、大網、腎臓、肺への転移が認められることもあり、また、癌性腹膜炎を起こすこともある。

 

 

イヌのアジソン病(副腎皮質機能低下症)

4歳のトイ・プードルが午後外来の最後の時間に『食欲がない』との主訴で来院された。1ヶ月前と比べると体重が600 g減少していた。身体検査では脱水しており、レントゲン検査では心陰影が縮小していた。血液検査ではリンパ球増多、グロブリン値上昇、コレステロール値の減少、CRP値が上昇していた。電解質異常もあり低ナトリウム血症となっていた。超音波検査では副腎の厚みが1 〜 2 mmと薄くなっていた。

ここまでの検査でアジソン病(副腎皮質機能低下症)を疑いACTH刺激試験を行う事とした。この検査は特殊な注射を投与する前後で採血を行い、血中のコルチゾールという物質を測定するもので外注検査となるためにすぐに結果はでない。しかし、できる限り早く処置を行わないと『アジソンクリーゼ』という重篤な状態に陥ってしまうため、この日はアジソン病と仮診断し治療をスタートした。

治療としては、フルドロコルチゾンおよびプレドニゾロンの内服を主軸とし、脱水状態により点滴を行った。後日報告されたACTH刺激試験の結果(コルチゾール値)は、測定限界以下であったためアジソン病と診断された。
治療開始後すぐに食欲・元気ともに元に戻り、体重も一気に増加した。

 

 

アジソン病は緊急疾患になり得る怖い病気の一つです。副腎という臓器からのホルモン(特にミネラルコルチコイド)が不足する事で電解質異常が引き起こされ、低ナトリウム/高カリウム血症の状態になります。特に高カリウム血症では不整脈のために死亡してしまうこともあります。

犬の赤血球増加症

1か月前より興奮すると酸欠状態になる、疲れやすいことを主訴に他院を受診され、血液が濃いこと(多血)を指摘されて瀉血処置を実施していた11歳の犬がセカンドオピニオンで来院した。

 

当院でのスクリーニング検査において、PCV67%(基準値37-62%)と赤血球の増加を認め、また腹部超音波検査では腎臓の大きさにおいて左腎>右腎が認められた。

エリスロポエチンは<0.6 mIU/ml(基準値1.3-13.4)と低値を示した。

 

当院でも非鎮静下にて瀉血処置を実施した。

 

飼い主様には腎臓における腫瘤性あるいは浸潤病変の有無を確認する精査を提案したが、ご希望されなかったため、ご相談したうえで赤血球増加症の分類の真性多血症と仮診断してヒドロキシウレア療法を開始した。

 

その後の経過として、4日後はPCV54%、2週間後はPCV42%と基準値になり、一般状態も安定している。

9歳の純粋種大型犬の脾臓に認められた巨大腫瘤(4㎏)

他院にて9歳の大型犬の脾臓に腫瘍があるので早めの手術を勧められて、セカンドオピニオンで来院した。脾臓に巨大な腫瘤が存在する場合、一般的に悪性の脾臓の「がん」はここまで大きくなる前に破裂したり、転移病巣が存在したり、副腫瘍症候群があったりするが、精査したところ、他の転移や悪い症状はほとんどなかった。その為腫瘍ではない可能性が高い。実際、脾臓全摘出手術をおこなって、病理組織検査を行った結果は、脾臓の過形成性結節で、腫瘍ではなかった。

上顎前臼歯の歯肉の悪性腫瘍に上顎部分切除を行なった1例

12歳の大型純粋犬の歯肉の腫瘤に飼い主様が気付かれて、来院した。右上顎犬歯の尾方に第一前臼歯が隠れるくらいの大きさ(約1.5cm)の腫瘤が存在していた為、その腫瘤に対してFNAによる細胞診をまず行ったところ、非上皮系の悪性と思われる細胞が見られた為、診断をより確実にするため、上顎部分切除術を実施することになった。そこで術前検査を一通りした結果、エコー検査により、脾臓の腫瘤が存在することがわかった。かなり低エコ―の部分もあり、いつこの腫瘤が破れて腹腔内出血が起こるか分からないので、まずはこの脾臓の大きなマス病変に対して脾臓の全摘出手術を行ない、同時に歯肉腫瘤のバイオプシーを実施し、その後CT検査により腫瘍の周囲への浸潤や上顎骨の融解等を評価した後、上顎部分切除による歯肉の腫瘍摘出手術を実施することにした。脾臓の病理組織検査は過形成性結節、また歯肉の腫瘤は歯槽骨の骨融解像もあり、悪性の非上皮性腫瘍をうたがっていたが、悪性メラノーマの疑いという診断となった。                            写真は歯肉の上顎部分切除の術中と術後。

 

猫の腸管穿孔による慢性腹膜炎

若い猫が他院にて避妊手術を受けた後から元気や食欲がなく、お薬を内服しても熱っぽい状態が変わらないということで来院した。ルーチン検査では白血球の増多(好中球と単球の増加)と総蛋白特にグロブリンの上昇が見られた。エコー検査で腹水が貯留していたため腹水の細胞診をしたところ、変性性漏出液であり、好中球が主体で細菌の貪食像が見られなかった。年齢も若いのでFIP(コロナウイルス感染症)の疑いもあったため、蛋白分画(典型的ではないモノクロナールガンモパシー)、FIP抗体価(やや高い)、但しPCRではコロナウイルス陰性という結果だったため、数日の静脈点滴と抗生剤の治療後、試験開腹を実施した。その結果腹腔内には多量の腹水があり、腹水の吸引後、内部を観察すると白味噌のような塊が上部消化管を被っており、それをきれいに取り除くと、胃と十二指腸の辺りが癒着していた。この癒着を綿棒で丁寧に剥いで行くと、壊死して結合組織化した部分が出現したため、それをきれいに郭清すると、十二指腸に穴があいていることが判明した。穴の周囲の傷んだ組織を切除して、腸管壁の吻合を行なって、大量の生食で洗浄後、通常の閉腹を行なった。恐らく避妊手術をする前に異物などが原因の十二指腸の穿孔があって、周辺に漏れ出だ内容物による腹膜炎を起こして腹膜や大網の癒着により、穴が不完全にふさがっていた為、膿が腸間膜の中に溜り、濃縮して白味噌状態になって存在していたと思われる。下の写真は術中のもの。

   

 

術後は順調に回復し、元通りの元気食欲が戻って、無事退院し、後日抜糸となった。

 

スコティッシュフォールドの肝臓に見られた胆管嚢胞腺腫

7歳のスコティッシュフォールドが他院で胆嚢肥大と言われており、4~5か月間の慢性嘔吐があった。当院で改めて検査させて頂いたところ、肝臓内に直径4~5cmの嚢胞状のマスが3か所、小さなものが1か所存在し、左右の腎臓にも直径1~2cmの嚢胞がみられた。肝臓の大きな嚢胞が胃を圧迫することで慢性の嘔吐があったと考えられた為、嚢胞の切開及び有窓術を行なった。肝臓の内側右葉の辺縁に小水疱があったため、それをバイオプシーして病理組織検査に出してみたところ、診断名が胆管嚢胞腺腫だった。癌化することもあるという事だが、この患者さんには悪性所見は認められないという事だった。

下はX線検査とECHO検査および手術中の写真

大型犬の胃内異物を内視鏡(胃カメラ)で摘出

若い大型犬がご主人の革のベルトを呑み込んでしまったという事で来院した。内視鏡で1時間半以上かけて取り出した。ベルトは13個に喰いちぎられていたため、摘出に苦労した。開腹手術による胃切開であれば、30分ほどで終わっていたと思われますが、以前に一度タオルを呑み込んだことがあり、胃切開しているので、できるだけ内視鏡による摘出処置を希望していた。

内視鏡での所見と摘出したベルト片

 

肥満細胞腫の悪性度や存在する場所によって手術の仕方は様々

1例目は雌の6歳のラブラドールレトリーバーで前胸部にできた腫瘤が細胞診で肥満細胞腫と診断した。但し、肥満細胞の悪性度はそれほど高くなかったが、皮膚に割合余裕のある部位だったため、手術法は縦横2㎝のマージンと深さは筋膜までの切除とした。また浅頚リンパや腋下リンパの腫大はなかったので、リンパ節郭清はしなかった。2例目は7歳の雄のラブラドールレトリーバーで口唇部にできたやはり肥満細胞腫だった。ただ下顎リンパ節がやや腫大していた為、針生検(FNA)をした結果、複数個の肥満細胞が検出されたので、リンパ節郭清を実施した。一般的に口唇部に発生する肥満細胞腫は比較的悪性度の高いものが多いとされているため、より拡大手術をすることとした。従って口唇の全層切除を実施した。整形上やや変形した顔つきになることと下顎の犬歯が上唇に接触するため犬歯を削るようにしたが、飼い主の方の許容範囲の結果で満足が得られた。

写真は上段から順に1症例目と2症例目の手術中と手術後の状態を示す。